■ シャープアイのお仕事、現地速報レポートのアーカイブ
2005&2006、V2達成!
WRC(世界ラリー選手権)ラリー・オーストラリア2006参戦日記
〜 通訳・現地コーディネーター、兼チーム・マネージャーとして 〜
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[1] 9月22日(金) 23時56分 ■ 今年も行きます! WRCラリー・オーストラリア
昨年、WRC(World Rally Championshipの略。世界ラリー選手権。ヨーロッパやオセアニア諸国ではF1と並ぶほどのステイタスのあるラリー競技界で最高格式の国際大会シリーズ)はおろか海外ラリーすら未経験だった3人組「チーム神谷」が初出場でN1クラス優勝を飾ったラリー・オーストラリアに、今年も参戦が決定した。
この程、正式なエントリーの受理が確認され、あとは突き進むだけの臨戦態勢に。ドライバーの神谷、ナビゲーターの津田、チーム・マネージャーの瀧本の3者共、次第にブースト圧が急上昇。今年は昨年のような「素人3人衆のドタバタ珍道中」にならない様、万全を期して望む所存。写真は2005年度に完走した際のフィニッシュ台にて。
皆様もぜひ、ご声援を宜しくお願い致します。
*以下、各コラムのタイトルバー左先頭にある時刻は日本時間での配信時刻。対して、タイトルにある日時は現地時間での各レポートの内容に該当する時期を表す
[2] 9月27日(水) 15時44分 ■ 渡航準備完了
本日、E-TAS(オーストラリア渡航用、事前申請電子ビザ)の登録を完了。また、期限が切れていた国際免許も申請し、いよいよ準備万端となる。
現地で車両保管と整備をお願いしているレース・トルク社のデイヴと電話で作業進行の確認をし、特に昨年ずっと作動しなかったラリー・コンピューターの障害の件は徹底的な原因解明と完璧な改善を念押しした。 タイヤは昨年送ったセットの残りで十分足りるそうなので、追加発注はしないとの事。
[3] 10月1日(日) 21時35分 ■ チーム神谷、燃料申請
ナビの津田宗一郎が、各給油基地での燃料補充量を申請。大変燃費の良いトヨタ・ヴィッツ(海外での販売名はヤリス)では給油が必要ない区間もあり、去年の大会後のガソリン税返金額がとても小額だったのを思い出した。
[4] 10月4日(水) 0時42分 ■ ホモロゲ書類の送付
現地、オーストラリアのパースのレース・トルク社へ、渡航前に必要になる各改造部品等のホモロゲーション(安全基準適合認定)関係書類を送付。
昨年オーストラリアへは輸入車として持ち込まれた神谷のヴィッツは、本年もラリー・パーミット(競技期間中限定の一時的なのアーストラリア国内の走行許可。一般公道を走行するための、競技車両専用の仮ナンバー制度)で参加。 車体の整備・調整と平行して、登録準備を進めている。
[5] 10月11日(水) 6時44分 ■ レッキ車はAE92カローラレビン!?
今年のレッキ(事前のコース下見走行)車両はAE92で、との現地からのオファー。 それにしても、エンジン下周りを保護する為のアンダーガードと距離やスピードを計測する為のラリー・コンピューター付とはいえ、オフロード走行による損傷ついては保険の適応対象外(オーストラリアでは、レンタカーなど全ての車が同じ条件)で数日間のレンタル代として日本円にして約40万円とは、明らかに高すぎだ。
日本から安い中古車送って、関税払ってでも現地に輸入して、使用後に現地で売り払ったほうが断然安く上がったかも、・・・と、そういえば昨年も同じ後悔をしていた。
[6] 10月21日(土) 0時13分 ■ We go for it ! 明日、出発します
チーム神谷、いよいよ明日(本日!)夜出発。
現地で車両の保管整備を担当しているレース・トルク社からのレポートでは、昨年競技中に何度もカウントが止まるというトラブルに見舞われたラリー・コンピューターの修理を含めて車両の整備は完璧。ペイント補修も施してお色直しもバッチリとの事。
各種装備品の安全基準適合証(ホモロゲーション)の確認、航空券にパスポート、国際免許にジュースにおやつ、全て万全かと思いきや、唯一にして最大の問題がドライバー神谷の練習不足。10日という長期休暇のため全ての仕事を前倒しで片付ける3人皆ここ一ケ月間は嵐のような毎日で、練習不足どころか、ただの寝不足が続いている状態。ミスコースやクラッシュよりも、まずは居眠り運転に注意!?
[7] 10月21日(土) 7時46分 ■ チーム神谷、本日出発
いよいよ今夜発のパース直行便にて出陣。今年はプロ・トレーナーの小田祥大コーチからも協力を得て、現地での選手の栄養摂取を基本にした健康管理プログラムも取り入れる予定。 明日早朝に現地入りした後に日本にいる小田コーチに連絡を取り、両選手の身体データと日曜日からの食生活情報を確認する。競技開催当日までの体調の調整・管理と、競技中の彼らへの栄養サプライ等についてのアドバイスを受ける予定。
車両だけでなくクルー達の心身のコンディションも高く安定して保てる様なバックアップ体制を取る事で、更なる好成績を目指す。
[8] 10月23日(月) 15時32分 ■ 22日、現地到着
日曜日の早朝6時にパース到着。予約しておいたレンタカーを借り、現地の安いプリペイド携帯電話を購入後、一行はそのままホテルへチェック・イン。
ホテル到着後、さっそく各部屋に備えられているインターネットのケーブルを繋げ、この現地速報の準備をはじめてみた。ところが、何をどうやっても回線に接続できず、ホテルマンと通信会社、私・瀧本の3者で部屋の家具をどけるなどする大騒ぎで原因究明が始まった。そして本日23日の朝になって、やっと復旧。これで晴れて現地レポートをお伝えできるようになった。
昨日の日曜日は、大会事務局(ヘッドクォーター)や車両整備中継基地(サービス・パーク)のあるシェラトン・ホテル周辺には日中でも人っ子一人歩いていない閑散とした状態。この辺りはビジネス街という事もあり、日曜日はほとんどの店が閉まっているのでする事もなく、とりあえず事務局へ挨拶に行こうという事に。
昨年の大会期間中、まずは私達のレッキ(コース下見)車が故障して立ち往生。また、ラリー本番用の車両はフリメントル港での通関業務が大混乱して、開催直前までコンテナから出せずにあわや整備&検査が間に合わないかという状態だったりと、色々な事故に見舞われたチーム神谷(神谷のヴィッツ)は開催地パースでは「小さなヒーロー」と呼ばれるまでの人気者になっていた。
当然、こういったトラブルの解決の為にどのチームよりも多い回数、毎日、朝に晩にと事務局に出向き対処をお願いしていたので、私達3人の顔は運営スタッフの皆にすっかり覚えられていた。連日トラブルだらけだったド素人3人組のチームが無事完走し、また今年も同じ3人組でやって来たとあって、ヘッドクウォーターではちょっとした有名人扱いだ。この、オフィシャル・スタッフ達のアットホームな対応がとても嬉しかった。
去年に引き続き大会全体のマネージメントを統括するサムを訪ねた3人。遅い時間にも関わらず、ビール片手に笑顔で事務局の奥に招き入れてくれた。サムは競技者の様々な相談にのってくれる、頼もしいフロントマンだ。事務局運営の公式スケジュールは明日からだったが、一年ぶりの再会に色々な話に花が咲き、帰りには事務局が特定の関係者にしか渡さないワインを1本づつくれた。これでまた、別の意味で3人のテンションが上がってしまった。
[9] 10月23日(月) 17時2分 ■ 23日(月)お昼版ニュース・リリース
今日午前、現地で車両保管&整備を任せているレース・トルク社へ。1年ぶりに再会した愛車に乗り込むなりタバコを吸い始める2人。「懐かしいなあ・・・」久々のエンジン音に、昨年の感動の思いにふけてるのかと思いきや、2人の吸っているタバコは昨年車の中に忘れていったものらしく、「1年経っても、湿気ないんだね」等と、車内ではアホな会話が交わされていたらしい。そういえば、出発時に彼らが空港の免税店で 「向こうはタバコ高いからねえ・・・」 と、タバコを買いだめしていたのを思い出した。
ゼッケンはまだ去年の61番が貼られたままだったが、さすがにメンテナンスはバッチリ。整備工場周辺を一周してきた神谷は、すぐに去年の感覚を取り戻せた様だ。
[10] 10月23日(月) 23時40分 ■ 23日(月)夜の部ニュース・リリース
本日午後、ヘッドクォーターにてドライバーとナビゲイターに関するライセンスや健康診断書等の書類を提出。それらと引き換えにゼッケンや公式スポンサー企業のステッカーを受け取り、これらを競技車両の指定された場所に貼り付け、木曜日開催直前の車両検査に向けての準備は完了となる。
明日と明後日は、競技中にナビゲーターからドライバーへ伝えられる路面情報を収集するための事前の下見走行(レッキ走行)となる。
ナビゲーターはレッキを基に情報をまとめ、ペース・ノートといわれる指示書を作成する。ナビは競技期間中の約3日間、競技区間の全行程でこのペース・ノートをひたすら読み上げ、ドライバーのサポートをするのである。勝敗はこのペース・ノートの完成度にかかっていると言っても過言ではない。
明日以降は公式日程のスケジュールがタイトになる。彼らの体調管理と、少しでも睡眠時間をかせぐ為に、今晩はホテルから徒歩圏内にあるベトナム料理屋「メイおばさんの店」で夕食を摂ることに。極端に栄養が偏る可能性のある現地での食事事情にあって、野菜を多く使ったアジア系料理はとてもありがたい。この店は現地に住むアジア系の人達が通うほどの美味しい料理を比較的リーズナブルな値段で出している上、この界隈では珍しく夜10時まで営業している。酒類販売のライセンスが無いので酒は持ち込みだが、ここの美味しい料理と美味しいオーストラリアのワインがあれば、具合など悪くなるはずが無い。
[11] 10月24日(火) 8時31分 ■ 24日(火)朝版ニュース・リリース
今朝5時半起床、6時過ぎからナビの津田がレッキ用のAE82のカローラFX(???)のダッシュボードにコース記録用のビデオカメラを取り付け、ほぼ予定通りの6時半過ぎにレッキへ出発していった。
ラリー競技を構成するコースは2種類の区間の組み合わせだ。山間部などで競技用に閉鎖された区間内でタイムを競う「SS(スペシャルステージ)」区間と、このSS間をつなぐ為に法定速度内で一般道を走行する移動区間である「リエゾン」と呼ばれる区間だ。
レッキを基にナビゲーターが作成するペース・ノートには各SS区間全線の路面の凹凸やコーナーの大きさ等といった膨大な量の路面情報が記される。全SS区間の距離を合計すると約400km、そのためのペース・ノートも津田の場合は約400ページになると言う。同じSS区間を競技のコース上2回走る場合も多いが、基本的に今日と明日の2日間で、それぞれ指定された時間内に全てのSS区間を下見しなくてはならない。
[12] 10月24日(火) 23時37分 ■ 24日(火)夜の部ニュース・リリース
レッキ初日、昨年と同じく最悪の事態になった。今回も昨年と同じガレージが用意したレッキ車が、昨年と同じようにレッキ早々に走行不能となってしまったのだ。
「昨年の汚名を挽回したい」との同ガレージのオーナー・メカニックであるショーンの言葉を信じて今年も用意を依頼したレッキ車は、来てみればガソリン残量計も壊れている20年落ち近いAE82カローラFX。いやな予感通り、日本サイドの代理店が当初言っていた車からは遠く劣るポンコツ車が用意されていた。
最初のSSを走り終わってすぐにクラッチの滑りが発覚し、その後わずか1時間ほどで自走不可となった。昨年の、最初のSSに着く前にオーバーヒートで停止したのよりは多少マシだが、いずれにせよクルー達は怒り心頭。まさかの事態に備えてホテルで待機していた瀧本は事前に想定していた緊急事態時の段取り通り、すぐにホテル近くのレンタカー屋で代替にする車を借り、その足でヘッドクォーターへレッキ車両変更の届け出をし、近所のスーパーに立ち寄りビニールシート等の養生材やガムテープを買い込んでパースから約1時間半ほど離れた携帯電話の電波も届かない森林地帯へ赤いカローラを探しに向かった。
「完全に止まっちゃいました・・」という半ばあきらめ気味の声での決定的連絡は、幸い津田の携帯電話から直接受けることが出来た。しかし、その直後は再び圏外に。どうやら、後続車両の邪魔にならない所へとオフィシャルに誘導された模様。彼らが立ち往生している詳しい場所が判らない。とりあえず、津田の言っていたSS区間方面へ、街を外れてからすでに1時間以上、森の中の1本道のフリーウェイを走り続けた。仔牛ほどもあるカンガルーが車にはねられたらしく、道の真ん中に横たわっていた。
そして、「車の調子が悪い」との第一報をリエゾン区間からの電話で受けてから2時間以上経った正午過ぎ、現場のオフィシャル・スタッフから無線で案内を受けてようやく2人を発見。当然、そのポンコツ車は「SS13の出口に止まってるから自分で勝手に取りに来い!」とショーンの携帯電話に怒りのメッセージを残して、その場に乗り捨てて来た。
更に3人は、レッキ走行に戻る前に料理用ラップやビニールシートでこのピカピカなレンタカーが傷つかないように、車体の下半分全体をラップする作業をしなければならなかった。レンタカーではオフロード走行が原則禁止されており、オフロード走行でのキズやヘコミの修理には保険が利かないからだ。
こんな作業をしてやっとコースに復帰した時は、もう1時を過ぎていた。去年同様、普通では絶対にあり得ない、後席にも同乗者の居る3人乗りでのWRCコースのレッキである。無線のやり取りで全ての事情を把握しているオフィシャル達は皆、どのSSでも笑いながら温かく見送ってくれた。
結局、順路の都合上最後になったSS14は時間切れでレッキが出来なかった。十分なレッキが出来ずに完璧なペース・ノートが作れなくなった事は、この日のために仕事を含め生活の全てをかけて準備してきた津田にとっては本当に痛恨の極みである。誰もが言葉少なく、多くを口にはしなっかったが、3人共、内心の怒りはもう我慢の限度を遥かに超えていた。
しかし、・・・これを不幸中の幸いと言えるのだろうか、このSS14は昨年も使われたコースなので、津田は仕方なく昨年の古いデータを基にペース・ノートを作らざるを得なくなった。
ホテルに戻ると悔しがる時間も惜しむかのように、早速、昨年のペース・ノートを引っ張り出して同コースの情報の再収集作業にとりかかった津田。
こうして津田にかかる予定外の重作業とプレッシャーが、後の本番中の体力に影響することは避けられないであろう。
[13] 10月25日(水) 8時25分 ■ 25(水)朝晩ニュース・リリース
2日目のレッキ。朝6時すぎからホテルの地下駐車場でレンタカーの養生補強作業。昨日の半日のレッキだけでビニールシートは相当ボロボロになっていた。
昨日のトラブルによりナビの津田は徹夜作業を余儀なくされ、睡眠不足で疲れ切った様子。この現状では、本番に向けての体調管理は非常に難しくなると思われる。
昨晩、レッキから戻ったときにこの汚いジープを見たこのホテルの白人男性の従業員が関西弁で話しかけてきた。クリスさん、というらしい。昔、日本に住んでいたそうで、「汚いねえ!早く洗わないと、誰かに落書きされるよ!」と、笑いながら言っていた。そして今朝、出発の準備のため地下駐車場に向かってビックリ! 「あらってください クリス ちゅ!」 と、リヤ・ウインドウに汚い字で落書きされていた。
レッキ二日目、そんな落書きを背にしたまま、6時45分頃にホテルを出発。
[14] 10月25日(水) 12時8分 ■ 25日(水)お昼版ニュース・リリース
今日のレッキは順調なのだろうか。連絡がないのは良い知らせなのか、はたまた、連絡も取れない場所で大変な事になっているのだろうか。
今朝方、ヘッドクォーターからレース・トルク社に問い合わせがあった。「昨日乗り捨てたレッキ車はどうする? 引取りの手配はした? それとも、レッカーを頼む?」 全ての準備と計画を無意味にされた私達としては、皆、一晩経っても怒りが収まっていない。「ショーンの車なんだ。あいつに自分で取りに行かせるから、そのまま放って置いていいよ」とデイヴに伝えた。正直、3人とも早く普通の精神状態に戻りたかった。もう、レッキ車のトラブルの話はしたくないのだ。
写真は昨日、彼らを救助に行った後に、届けた2台目のレッキ車に同乗して撮影したもの。今日トラブルがなければ、今頃は山奥でこんな感じでレッキしているハズだ。
[15] 10月26日(木) 0時39分 ■ 25日(水)夜の部ニュース・リリース
本日、レース・トルク社での最後の作業である緊急時の所在地を知らせるGPS発信機の取り付けが完了し、夕方、サービス・パーク(競技期間中の整備基地)にある車検場にヴィッツが持ち込まれた。
実質的な検査時間としては20分ほどで、無事に車両検査をパスした。懸念されたロールバーの適合証明も、昨年FIA検査官のクライドさんからもらった直筆の確認サインひとつでそのまま通過。改造修正の指示を受けずにパス出来た車両は、今夜はここ、サービス・パークにて保管・管理される。
そしていよいよ明日夜に、パース市内の競馬場に作られた特設サーキットでの2台並走形式のレース「スーパーSS」から今年のラリー・オーストラリアがスタートとなる。 神谷・津田の両選手には競技直前用の小田トレーナーからの食事メニューを伝え、今晩はタンパク質の摂取と腸内に残った便の排出に重点を置き、パスタ料理となった。
明日の日中は、夜のスーパーSSスタート直前まで津田はペース・ノート作りに専念し、神谷と瀧本はレッキでめちゃくちゃに汚してしまったレンタカーを返却するため、入念な洗車・清掃作業を行う予定。
[16] 10月26日(木) 10時17分 ■ 26日(木)朝版ニュース・リリース
本日快晴。いよいよ今夜、WRCラリー・オーストラリア2006が開幕となる。あまりにいい天気なので、朝のサービス・パークを散歩してみた。8時前、ホテルの各フロアーやロビーでは出発する大勢のラリー関係者で慌しい雰囲気だったが、サービス・パークにはまだ誰も来ていない。シトロエンやフォードなど、メジャーなワークス・チームのブース区画には華やかな大型テントが立ち並び、シートのかけられたワークス・カーがそのテントの中央に置かれている。
川沿いの公園に特設されたこのサービス・パークには、いつも青々とした芝の香りが立ち込めている。この芝生のにおいを嗅いだとたん、「ああ、いいよいよまた、始まるんだな」と、去年の記憶が戻ってきた。
[17] 10月26日(木) 16時3分 ■ 26日(木)お昼版ニュース・リリース
いよいよ今夜のスーパーSS開幕を待つばかりとなり、津田はホテルの部屋でペース・ノート作りに集中、神谷と瀧本はレッキ車の清掃へ。ドライバーの神谷自らがブラシをもって車体を磨いた。
睡眠不良と緊張状態の続く津田には、小田トレーナーの指示でカルシウムの摂取を強化。外に出る時間がなく疲れているので食べる気力もないといった状態の津田には、ヨーグルトと軟らかいフルーツなどで流動食的な食事を摂らせた。
今夜唯一の競技ステージとなるスーパーSSのスタート時間は午後5時に発表になる。これはいわゆる観客向けのアトラクション・イベントで、競馬場周辺はこれからの3連夜、お祭り騒ぎになる。
[18] 10月26日(木) 19時47分 ■ 26日(木)スタート直前版ニュース・リリース
本日のスーパーSSのスタート時刻は、94号車8:24。6時前に各車サービス・パークを出発。6時半からの街頭セレモニー・パレードに参加してから特設コースの会場となる競馬場へ。午後7時調度にWRCラリー・オーストラリア2006の開会を表す空軍のアクロバット隊が上空を通過し、スーパーSSのスタートとなる。
今晩はこのスーパーSSを2回計測し、本日の競技は終了となる。今晩のスーパーSSは開会セレモニーとしてのイベント要素が強く、本格的な競技は明日から。
とにかく、様々なトラブルに見舞われながらもスタートラインに立てた事で、私達チーム神谷の3人にとっては記念すべき大きな一日となった。
本日の結果は後ほど、速報で。
[19] 10月27日(金) 0時13分 ■ 26日(木)夜の部ニュース・リリース
本日の競技は競馬場特設コースでのスーパーSSの2本(SS1,SS2)のみ。 「イベントだから、タイムを狙って無理をするのはやめようと」との作戦で抑えて走ったわれらが94号車ヴィッツは、出走56台中、タイム的には1本目2本目とも53位。他車のペナルティー等を合算した総合順位では45位となった。とりあえずは想定通りの、まずまずの結果に。この結果を基に明朝のスタート順位が決められる。
しかし、津田の体調は悪化の一途。スタート直前には緊張も相まって、流れるような大量の発汗があったそうだ。神谷からその一報を受けた瀧本は観戦を中止して、急遽、閉店間際のドラッグ・ストアーへ。
風邪薬にイチゴ、ヨーグルトやチョコレートなどを買い込んで津田の体調回復を祈りつつホテルへ戻ると、レースが終わってやや落ち着きが戻った感じの津田と処方や睡眠時の注意事項などの打ち合わせ。どうやら、睡眠不足の状態での低温設定のエアコンが原因らしく、神谷から風邪をうつされた模様。
その張本人である神谷は風邪がすっかり治って絶好調なのにもかかわらず、今日のスーパーSSゴール直後にわき見運転で車を他の競技車にぶつけそうになったそうだ。・・・もう、とてもじゃないが、面倒が見切れない。
[20] 10月27日(金) 11時9分 ■ 27日(金)朝版ニュース・リリース
今朝、完全に風邪をひいてしまった上に極度の睡眠不足で慢性的な疲労を抱える津田に、小田トレーナーの指示の基、集中力アップのためにバナナとヨーグルトで朝食を摂らせた。
車内の水分補給用には日本から持参した吸収効率の良いスポーツ・ドリンクのパウダーを溶いて作り、それをサービス・パークに戻る度にそれぞれ彼ら用のボトル2本づつに分けて渡している。
そして9:02、いよいよ第1日目(レグ1)のスタートだ。9:02にサービス・パーク内にある車両保管場所から車を出し、その後一度われわれの整備ブースへ。大型トレーラーを改造した、「走る工場」ともいえるサービス・カー脇のテント内で10分の点検整備を受けた後、いよいよ郊外のSS会場へ向かう。
この次に彼らがここへ戻って来るのは午後4時過ぎ。それまでにまた、彼らの体調に合わせた食事やスポーツドリンクを用意する。
スタートは1号車から2分間各で1台づつ。今年は何台のリタイヤが出るのだろうか? その中の1台にチーム神谷が数えられない事を祈るばかりである。
[21] 10月27日(金) 19時12分 ■ 27日(金)夕方版ニュース・リリース
ゼッケン94、チーム神谷のヴィッツがサービス・パークに戻ってきた。現時点ではまだ公式発表はないが、第一日目(レグ1)の日中だけでメジャーなワークス・チームを含む数台がすでにリタイヤもしくは大幅なロス・タイムを伴うコースオフ(ルートを外れてのクラッシュや転落など)をしている模様。
心配していた津田の体調も、想像していたよりは悪くなさそうだ。この後再び郊外でのSSを数本こなした後、再び競馬場でのスーパーSSを2本計測し、本日の競技は終了となる。
本日レグ1の公式成績は夜10:30頃の予定。リザルトは後ほど、今晩の速報で。
[22] 10月28日(土) 1時13分 ■ 27日(金)夜の部ニュース・リリース
日本で一緒に中古車の輸出業をしていたジョンがパースへ帰ってもう1年半になる。今回の渡航で久々に再開できたので、今夜、彼をスーパーSSの会場に招待した。
ところが大酒飲みのジョンは到着直後からビールやワインを飲みだしたせいで、肝心のウチのチームが出走する頃には既にかなり酔っ払ってしまい、もう競技はどうでもいい様子だ。「あぁ・・、相変わらずだなぁ、ジョンは」と私もあきらめて、一人だけで熱く観戦する事に。
今夜のスーパーSS一番最後のレース、昨晩のスーパーSSではもう一台いたはずのヴィッツが今夜は出走しない模様。その為、神谷のヴィッツは上のクラスのインプレッサと並走する事になった。
もう一台のヴィッツは昨日のスーパーSSでは神谷よりも良いタイムを出していたが、今夜のスーパーSS直前の他のSSでどうやら横転したらしく、このスーパーSSをキャンセルしたそうだ。スーパーSSをキャンセルしてペナルティーを加算される事を覚悟の上で、今夜懸命な修復作業を行って明日の復帰を狙う事にしたらしい。
最近のラリーは、欧米のメーカー系ワークス・チーム(フォードやシトロエンなど)以外の車は三菱のランサー・エボルーションかスバルのインプレッサの2大勢力に完全に2分されている。
全てが大排気量&ターボ付きのハイパワー車ばかりの中、ウチのヴィッツだけが全く違った次元で一所懸命走っている様に見えたのがとても印象的だった。
観客も、スタートラインにインプレッサとヴィッツが並んだときには、「ヤリス!ヤリス!(ヴィッツの現地名)」の大声援。先にゴールしたインプレッサよりも、その後をずっと遅れてゴールしたヴィッツにスタンド中が大喝采だった。正直、ちょっと嬉しかった。
[23] 10月28日(土) 1時16分 ■ 27日(金)夜の部、追加ニュース・リリース
本日レグ1の結果は、リタイヤで1台減った55台中49位。明日のスタートは9:07分。
[24] 10月28日(土) 10時37分 ■ 28日(土)朝版ニュース・リリース
本日2日目(レグ2)は定刻通り、9:07にスタート。昨日のSSでエンジン下のアンダー・ガードを強くヒットしたため、昨晩のスーパーSSの終了後に念のため車体保管区に入れる前に点検整備を行った。幸い大事には至っておらず、今朝スタート前の整備ではタイヤを新品に交換するだけで問題なくスタートできた。
今日の午後、再びこのサービス・パークに戻ってくるのは4:25頃の予定。快晴で既に気温も高いので、今日は過酷なステージになりそうだ。
[25] 10月28日(土) 19時5分 ■ 28日(土)夕方版ニュース・リリース
4:30近くになって、神谷のヴィッツがサービス・パークに戻ってきた。左フロント角あたりを軽くクラッシュしていたが、走行には問題無いという。しかしステアリングを切ると音とブレが出るようになってしまったという報告を、サービス・パークに戻る途中の津田から事前に受けていた。さらに深刻なのは、距離とスピードを計測するラリー・コンピューターとスピード・メーターの両方が完全に止まってしまったらしい。
昨年のエントリー直前、日本で練習走行を行った際に車を横転させ、その時に付いていたラリー・コンピューターをその時のままの状態で持ってきていた為、原因はハッキリとは判らないが、コンピューターの本体に異常がある可能性が高い。やはり昨年も今回と同様の障害が出ていたのだ。しかし今年はレース・トルク社にっよって配線等のコンピューター本体以外の部品は全て交換され、今までは問題なく作動していた。ここへ来て突然のトラブルだ。
ヴィッツがサービス・パークに戻ってくる前に、事前にサービス隊へ連絡を入れる。そして、ヴィッツが戻ってきたと同時に待機していたサービス・クルー7人が一斉に小さな車に群がった。その様子は、まるでF1のピットインさながらである。
ある者はタイヤ全部を外してホイルの泥落し。車体下には3人がもぐりこんでサスペンション等の点検、他、ステアリングのチェックをする者、コンピューターのセンサーを外す者など、これらのメンテナンスを30分以内に完了しなくてはいけない。
整備時間のオーバー・タイムでペナルティーを受けることを懸念し、とりあえずコンピューターは原因の確認だけを行い、制限時間リミットの約7分前に元の状態へ戻された。後の本格的な修理は今晩のスーパーSS後、車両保管区に入れる前に許された45分間の整備で修理される見通しだ。
神谷のヴィッツは、もうすっかりパースの人気者。この小さな車にメカニック達が群がり、分刻みの整備を行っている様子を周辺の皆が取り囲むようにして注視していた。
[26] 10月29日(日) 1時3分 ■ 28日(土)夜の部ニュース・リリース
3夜続いた競馬場でのスーパーSSも今日が最後。わがヴィッツの晴れ姿を撮ろうと早めに会場へ向かう。すると、爆音轟く会場で私の携帯が鳴った。津田からの電話だ。いやな予感。
「ブレーキ液が漏れてて、フロント左のブレーキが利きません!」すぐにサービス隊へ連絡をすると間もなく、また津田からの電話。「タイヤに亀裂が入っているので、リエゾン区間で交換してもレギュレーション違反にならないか、念のため確認してもらえますか?」またまたサービス隊へ確認の電話を入れる。
「リエゾン区間でのタイヤ交換は問題ないが、ブレーキはサービス・パークへ戻って来るまではどうする事も出来ない」と、レース・トルクのデイヴからの返答。現状の報告だけではスーパーSSの会場までたどり着けるのかどうかさえ判らない。無事を祈りつつ、スーパーSS会場で94号車の出走時間が来るのをただ待つしかない。
そして、スーパーSSも間もなく終わろうとしている頃、「パースでの開催は今年が最後になります」というアナウンスでイベントが締めくくられようとしていた。
しかし、その会場の奥の方、スタート待ちの列の最後尾に時間通り無事、神谷ヴィッツが並んでいるのが見えた! ほっと胸をなで下ろす。後はもう、無理をせず、クラッシュせずにゴールして、サービス・パークまで車を持ち帰るだけだ。サービス・パークに車を持ち帰れさえすれば、後は信頼の置けるプロフェッショナルのメカニック達が必ず直してくれるはずだ。当然、それを一番意識していたのは当の2人だろう。
しかし、復帰したはずのもう一台のヴィッツは今夜もスーパーSS会場に姿を現さなかった。結局、ヴィッツ同士の2度目の一騎打ちはならず、再び、馬力が圧倒的に違うインプレッサとの並走になった。
会場はスタート前から「ヤリス!ヤリス!」の大合唱。インプレッサに大分遅れてやっとゴールした時のギャラリーからの大喝采は、まさに「感動」の一言だった。観戦していた私も、思わず涙が出そうになった。
2日目(レグ2)を終わり、53台中47番目で、明日朝は7:33に最終日(レグ3)を出発する。
明日のこの時間には、今大会での全ての結果が出ているはずだ。
[27] 10月29日(日) 10時18分 ■ 29日(日)朝版ニュース・リリース
昨晩中に、本日のスタート・リストに訂正があった模様。昨晩のこの掲示板への掲載情報も併せて訂正を。
昨日の2日目(レグ2)終了時点でリタイヤは8台。生き残り組48台中、チーム神谷は44位となり、今朝7:35に無事スタートした。
昨日のSSは満足にレッキできなかった区間であったにもかかわらず、ブレーキ不良が発生するまでは、神谷は各SSで予想以上の好タイムを出していた。
「昨年のペース・ノートを参考に津田さんが作ってくれた仮ペース・ノートが予想以上にいい出来で、我慢できずに思わず攻めちゃいました!」 とは、ノリにノっていた神谷の弁。左フロントを軽くクラッシュしてしまった状況が目に浮かぶ。其れ故のメカニカル・トラブルが、昨日のステージで一斉に発生してしまった様だ。しかしそうやって多くの車がリタイヤしていくのだから、勢い付く神谷を落ち着かせるためにヨーグルトでカルシウムを摂らせた。
今日午前中にSS3本をこなし、再びサービスに戻ってくるのは午前11:00頃。午後にも更に3本のSSをこなした後にフィニッシュとなり、WRCラリー・オーストラリア2006の全競技日程を終了する。
[28] 10月29日(日) 13時38分 ■ 29日(日)お昼版ニュース・リリース
先ほど、ゼッケン94番チーム神谷のヴィッツが今大会最後のサービスを出て行った。 今朝のサービスで直ったはずのスピード・メーターは、出発直後に再びストップした。WRC開催1週間ほど前から、出場者の暴走行為を厳しく取り締まる為に至るところにネズミ捕りのレーダーが置かれ、数百メートルおきにパトカーや白バイがパトロールしている。レッキ中、および競技期間中にスピード違反で捕まる出場ドライバーも少なくない。スピード・メーターはこういった取り締まりの中で、リエゾン区間(つまり、各SS間を移動するために通る一般道)走行時のスピード確認のためだけにつかわれる。とりあえずは競技に直接の問題ないのでそのまま競技を続けた神谷のヴィッツ。SSの途中でジャンプし、着地したショックでスピードメータが再び動き出したそうだ。配線の接触不良か、はたまた、センサーに付いていた泥が落ちたのか。原因解明は競技終了後に持ち越しとなってしまった。
また、あるSSではスピンして、幸い路上には留まったものの逆向きで停止しており、追いつかれた後続のランサー・エボルーションとあわや正面衝突かという危険な場面もあったそうだ。
この段になってそんな話を幾つも聞かされ、メカニック達とただサービス・パークで待ち続ける身としては気が気で無い。「御願いだから、とにかく無事に生還して下さい」と、ほとんど物乞いに近いオーダーを出発前の神谷に伝える。
この次にここへ戻ってくるのは、フィニッシュ台へ上るセレモニー直前のお色直しの為。あと残り3本のSSを終えると、今回の我々3人のチャレンジへの全ての結果が出されるのだ。
[29] 10月29日(日) 18時11分 ■ WRC世界ラリー選手権速報
やりました! 94号車、チーム神谷のヴィッツが無事完走!!
出走56台中完走46台、リタイヤ10台。チーム神谷は総合42位(暫定、N1クラス優勝)でフィニッシュ・ライン台に上った。
最小限改造クラスのNクラス、その中でも最小排気量の1は2台のエントリーのみで不成立かとの噂もあったが、今日、彼らは無事にN1クラス・ウイナーのメダルを手にした。(但し、該当車が2台のみの為、1位が銀メダル、2位が銅メダルとなる)
総合優勝はフォードのミッコ・ヒルヴォネン、2位はスバルのぺター・ソルベルグ、3位はプジョーのマンフレッド・ストー。
チーム神谷の3人はゴール後、レース・トルク社のサービス隊のところへ戻り、皆でビールで乾杯した。本当に美味しい酒だったが、今までの疲れが一気に出たせいか、皆ビール1本でかなり酔っ払ってしまった。
今夜は7:00から閉会式を兼ねたサンクス・パーティーとなる。その後、会場をヘッドクォーターのあるシェラトン・ホテルのラウンジに移して関係者全員が朝まで飲み明かす予定!
[30] 10月29日(日) 18時30分 ■ 皆様からたくさんのご声援、本当にありがとうございました!
今、チーム神谷の3人は全員ホテルに戻り、完全燃焼した充実感・満足感と、疲れが一気に出てもうろうとした意識の中、全身が不思議な感覚に包まれています。
夜のパーティーまでは今暫らく時間が空いたので、あらためてこのレポートをアップいたします。
今日、チーム神谷はお蔭様でWRC世界ラリー選手権のラリー・オーストラリア2006を無事完走し、出走56台中、完走46台、総合成績42位でゴールすることが出来ました。
毎日のように私の携帯電話に届けられた皆様からのEメールが、何としてでもチームを完走へ導こうと言いう原動力になりました。本当にありがとうございました。
応援してくださった多くの方々へ心から感謝の気持ちをお伝えしたいのと同時に、日本での仕事上ご迷惑をお掛けした多く皆様には心より深くお詫び申し上げます。
チーム神谷一同あらためまして、皆様に心から深く深く感謝申し上げます。
[31] 10月29日(日) 23時32分 ■ WRC、リザルト確定でチーム神谷の順位がアップ
先ほどの、この掲示板へのニュース速報(暫定版)後、失格車等を踏まえて確定の公式リザルトで修正があった。
最終的に出走56台中、完走は45台。うち、チーム神谷は総合成績で40位という結果となった。
[32] 10月30日(月) 19時51分 ■ WRC世界ラリー選手権 現地リポート最終回
今朝11時過ぎ、ナビの津田が一足先にシドニー経由便で帰路に付いた。明日から会社に復帰だと言う。おそらく同僚に入賞報告をする間もなく、初日から徹夜に近い残業になるだろうと嘆く津田。相変わらずトレードマークのストップ・ウォッチを首から下げたまま、搭乗口へと消えていった。
その後、神谷と瀧本はパース近くの港町、フリメントルへ。昨年に引き続きメカニックを担当してくれたアランと3人で、シーフード・レストランでランチを楽しんだ。
そして、その午後、精算と最後の挨拶の為に、パース郊外にあるレース・トルク社へ。
整備工場へ戻されたヴィッツは、即時一通りの点検を受けていた。メカニックが私たちの目の前でタイヤを外すと、左フロントのサスペンションが強打により弓なりに曲がっている。また、右フロント下部のメンバー(車体の骨格部分)が、同じく強打によりつぶれてエンジン周辺部を押し上げている。この小さなヒーローはこの3日間で、想像以上に大きなダメージを受けていた事が分かった。
とりあえず、神谷はこの車を通常の状態まで戻す修理をレース・トルク社に依頼。その修理後、転売するか日本へ送り返すかを決めるという。ここでまた、この愛くるしい「小さなヒーロー」とはしばしのお別れである。
神谷と瀧本は明日の夜便で帰国の途に。
[33] 11月1日(水) 21時57分 ■ チーム神谷、全員無事帰国しました
今朝、神谷と瀧本が成田へ到着。2人ともそのまま仕事へ。「ざっと数えただけでも、今、仕事で12件の問題を抱えてますねぇ」 と、神谷。このまま自らの経営する会社へ直行するそうだ。
私・瀧本も、このまま東京の葛西で本日開催されている中古車オークション会場へ、買い付けるオペルとメルセデスの下見へ。
2人とも、成田へ到着して携帯電話のスイッチを入れた途端に、厳しい現実の世界へと引き戻されていった。津田はもう今頃は、ラリーの事など遠い昔の出来事の様に思っているかもしれない。
応援・サポートして下さった皆様へ、チーム神谷の3人それぞれが近々にお礼のご挨拶に伺う予定。また、チーム神谷の今後の活動にも請うご期待。
皆さん、本当にお疲れ様でした!
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